子供の見方

2022.11.16

今年度,月に1回,教師の指導技術を見つめる研修会を行っています。

発問,指示,板書,指名,価値付け・・・,授業を見ていると,授業者の様々な指導技術が,子供の思考を支えていることが見え,毎回勉強になります。

面白いのは同じ授業を見ていても,同じ発問を話題にしていても,その捉えが人によって違うことです。

私は「子供の見方」の違いが大きな要因になっていると感じます。

育てたい資質・能力はすでに子供に内在しています。生きてきた中で様々な経験や学習をしているからです。

そうした子供をさらに育てたいと願うのが教師ですから,教師が定める目標は,子供に内在しているより高井ものを設定します。

この時,教師の見方が二つに分かれます。

一つはひき算の見方です。つまり,「目標に比べると子供はまだここができていない」「まだここが分かっていない」と,できていないところに目を向ける見方です。

もう一つはたし算の見方です。「目標に向けてここまでできることがある」「ここは分かっている」と,すでにできているところに目を向ける見方です。

同じ指導技術でも,子供を「ひき算の見方」で捉えている教師が使うと,子供は主体性を発揮しづらくなります。教師が求めているものを探り,忖度しようとするからです。

一方「たし算の見方」で捉えている教師が使うと,子供は主体的に自分らしく学ぶようになります。期待をかけられていることを自覚し,自分にあるものを発揮して目標に向かおうとするからです。

大人が子供を見下ろすように見るときと,子供目線で横並びに,さらには見上げるように見るときとの違いに似ているように思います。

先日,低学年の子供とシャボン玉遊びをしていたとき,ふと感じることがありました。

私が上から見下ろしたとき(教師目線)のシャボン玉。

私た子供と一緒に見上げた時(子供目線)のシャボン玉。

こんなに見えるものが違うのかと痛感しました。

同じ技術でも,「子供の見方」によって効果は大きく変わります。

子供と横並びにたち,子供のあるものを価値付け育てていく見方を大切にしていきたい。

いつもそう感じさせる,「指導技術」をテーマにした会は,毎月開催中です。

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